【夏ヶ瀬 - 文集】

- 文学へ片想いしている -

貝のなかの夜

 死んだ貝の、閉じた殻の中には、夜の波打ち際が残っていると聞いた。月はなく、べっとり重い砂と、波のように返す思いと、声をのみ込む闇とがあって、水平線は見えないだろう。
 残された夜の海辺に、ひとたび立てば、波打ち際へ足跡をつけて、そこから先の、どこへも漕ぎ出たりはしないだろう。つけた足跡は波に何度でも消され、すべてが、ずっと、夜のまま。申告も告発も、発信や返信の言責も消えて、ただ素敵な秘密でい続けただろう。
 なのに今朝、この素敵な貝の秘密を、うっかり味噌汁に混ぜてしまった。お椀の底に、夕景色の味噌溜まりができる。それは通学路の公園。自転車は長い影。さようならの声。

 口をつぐもうとするたびに、砂のじゃりっとした音が鳴ってしまう。話したくないのに、静かでいることが、できなくなってしまう。

 あゝ声になって、君にまで聞こえてしまう。