【夏ヶ瀬 - 文集】

- 文学へ片想いしている -

つきみの風

 二番線のアナウンスが、列車の遅れを告げている。日暮れたあとのホームに入ってくるのは、出所の知れない夜風ばかりだ。ひと気のないホームでは、一軒の立食いの蕎麦屋がぽつん、と白い明かりを灯している。

 夜風は暖簾をくぐる。入ってすぐのカウンターに、太い束の割り箸、鍋からの蒸気、お冷のコップ、七味缶、タッパーに刻み葱。(燗をつけるよう言ったのは誰なのか)

 こんな夜です、月見の蕎麦をお願いします。つきみのきみを真ん中に浮かべ、縁のほうから手繰り、食べ、食べ、しばらくすすったあと、箸でつまめるほど甘くなった黄身を、いきなり真ん中で割るのが好みだ。溢れたきみの中心をくぐらせ、手繰っていくそばがいい。

 月の崩れたつゆのみなもを、二番線の夜風が渡っている。遅れのまま、たぶん列車は到着しない。出所の知れない夜の風ばかり、ぽっかり口を開けたホームに続いている。